7時――
今朝は朝からどんよりとした雲が空を覆っている。
「う〜ん……何だか今日は雨が降りそうねぇ」
子供達のお弁当を作りながらテレビのリモコンに手をのばしてスイッチを入れた。
すると丁度ニュース番組は天気予報を放送している最中だった。「あら? 偶然ね。どれどれ……今日の天気は……」
お弁当箱に出来上がったおかずを詰めながら天気予報に耳を傾けた。
『……本日の天気は曇り、午後は雨の予報となっております……』
「あら? 午後は雨なのね。だったら傘を持っていくように2人に伝えなくちゃ。それにしても倫も葵もいつまで寝てるつもりかしら? 8時には家を出なければ遅刻になるかも知れないのに」
お弁当を詰めて、蓋を閉じると天井を眺めた。
恐らく2人とも夜更しをして未だに眠っているのだろう。「全く……毎朝起こしに行く身にもなって欲しいわ」
ため息をつくと、すぐに2人の子供達を起こす為に階段を登った。
最初起こしに向かったのは長女の葵。「葵! 起きなさい! 遅刻するわよ!」
扉を開けながら部屋に入っていくと、床の上には雑誌が散らかっている。
「全く……もう19歳なんだから少しは早起きして母さんを手伝ってちょうだいよ!」
雑誌を拾い上げ、部屋のカーテンをシャッと開けた。
「ちょっとぉ! 着替えも終わっていないのに部屋のカーテン開けないでよ!」
ガバッと飛び起きた葵が文句を言ってきた。
「何言ってるの。カーテンを開けないといつまでも寝たままでしょ? それより今日は午後から雨が降りそうだから自転車で通学できないわよ。早く起きなさい」
「え!? そうなの!? 早く起きなくちゃ!」
ベッドから葵が飛び出してきたのを見届けると、次に倫を起こしに行った。
「倫! 早く起きなさい! 高校に遅れるわよ!」部屋の扉を無遠慮に開けながら入っていくと布団の中から声が聞こえた。
「何だよ! せめてノックぐらいしろよ。勝手に部屋に入ってくるなよ!」
「だったら、目覚ましを掛けて起きてきなさい。母さんは忙しいんだから!」
カーテンを開け放ち、布団の中の倫に声を掛けるとすぐに階下へ降りていった。
****私の名前は橋本恵。
現在45歳で19歳の娘と17歳の息子を持つパートタイマーの主婦。
夫は地方都市に単身赴任中で現在、戸建て住宅に3人暮らし。前世の世界に生きていた頃の自分に比べれば、平凡だけどそこそこの幸せを感じながら日々を生きている。
悪妻として僅か22歳で処刑されてしまった『クラウディア・シューマッハ』……それが前世の私であった。
あの日、観衆の見守る中……断頭台で命を散らせた。
そして次に目覚めたときには優しそうな女性の腕の中だったのだ。「あらあら? お目々が覚めたの? こんにちは、恵ちゃん。私が貴女のママよ?」
女性は優しく私に笑いかけ……私は自分が生まれ変わったのだと理解した。
生まれ変わった世界はかつて自分が生きていた世界よりもずっと文明が進んでいる事を知った。
それだけではない。 この国では戦争も無い、誰もが平等に暮らせる。私にとって驚きでしか無かった。そしてこの平和な『日本』に生まれ変われた事に感謝しながら年月を重ねていった。
やがて成長した私は1人の男性と恋に落ち、結婚して一男一女に恵まれた。
子供達はまだまだ手がかかるけれども、私は今の生活にとても満足していた。
****
「もう! お母さんたら! もっと早く起こしてくれたっていいでしょう!?」
「そうだよ! 自転車使えないなら遅刻してしまうかもしれないじゃないか!」
葵と倫が文句を言いながら階段から降りてきた。
「何言ってるのよ、母さんだって忙しいのよ。それより早く朝の支度してきなさい。朝ごはんの準備をしておくから」
「何言ってんだよ! 朝飯食べていたら遅くなるよ!」
「そうよ! 食べないで行くわ!」
「仕方ないわね……。母さんだって忙しいけど今日だけ特別よ? 車で駅まで送ってあげるから朝ごはんは食べていきなさい」
ため息をつきながら2人を見た。
「え? 本当?」
「やった! ラッキー!」喜ぶ2人を見ながら思った。
やっぱり自分はまだまだ子供に甘い親だと―― ****「ほら、着いたわよ。2人とも降りなさい」
駅前の路上に車を一時停車させると後部座席に座る2人の子供達に声を掛けた。
「ありがとう、お母さん」
「帰りもよろしく頼むよ」素直にお礼を言う葵に対して、倫はとんでもないことを言う。
「何言ってるの? 母さんはパートの仕事があるから迎えにはいけないわよ。1人で帰ってきなさい」
「チェッ」
倫がふてくされたように唇を尖らせた。
「ほら、倫。行くわよ!」
先にドアを開けて降りる葵の後を追うように、倫も慌て車から降りるとドアを閉めた。
2人の子供達は私に手を振ると、駅へ向かって歩き出す。
「……さて、私も帰らないと」
エンジンを掛けると、再びアクセルを踏んだ――
****
駅前の大通りの交差点を走っている時の事だった。それは突然起こった。
いつもどおり青信号の道路を走っていると、突然左側から大型トラックが突っ込んできたのだ。
「キャアッ!!」
避ける間もなかった。
激しい衝撃が走り、気づけば車は横転していた。
車のガラス片は粉々に砕け散り、私は潰れた車体に挟まれていた。一体何が起こったのだろう。
痛みも感じず、音も聞こえなかった。
霞んでいく視界、そして身体から流れ出ていく温かい血……。
ああ……きっと私は……また死ぬんだ……。
愛する夫と子供達を残して。
あなた……葵……倫……。
ごめんな……さ……い。
そして私の意識は闇に沈んだ――次に目を開けた時、私はベッドの上だった。「え……?」何処かで見慣れた広々とした高い天井、それにいつもとは違う寝心地の良いベッド。「こ、ここは……?」ベッドに寝そべったまま、見覚えがある天井を見つめながら先程自分の身に起こった出来事を思い返していた。確か私は子供達を駅まで車に乗せて、その帰り道に……。「そうだわ……。私は信号無視してきたトラックに車をぶつけられて事故に……。もしかしてあの後、病院に運ばれて助かったのかしら?」でも、あの事故の状況から助かったとは思えないけれども……。視線だけキョロキョロ動かして辺りを見渡してみた。部屋の中にはヨーロピアン調のアンティーク家具が並べられ、とてもでは無いが病院には見えない。それに何処か見覚えがある部屋には違和感がある。何より一番不思議だったのはあれ程の怪我だったにも関わらず、身体が痛む場所は何処にもない。「変ね……」ゆっくり身体を起こして、改めて部屋の中を見渡した。するとベッドから離れた位置に大きな姿見が置かれていることに気がつき、何気なくそちらを振り向いた時……ギョッとした。鏡の中には見覚えのある人物が映し出されていたからである。「え……う、嘘でしょう……?」試しに右手で頬に触れてみると、鏡に映る人物は同じ動きをする。「そ、そんな……!」慌ててベッドから飛び降り、素足のまま鏡に駆け寄った。「ま、まさか……」声が上ずる。鏡に映し出されたのは波打つプラチナブロンドの髪に神秘的な緑の瞳の女性。橋本恵の前世の姿……『クラウディア・シューマッハ』だったからである。「ど、どうしてこんなことに……」震えながら鏡に触れ、もう一度改めて部屋の中を見渡した。「あ……! 思い出したわ……!」そう、この部屋は私がアルベルト・クロムに嫁ぐまで暮らしていた自分の部屋だったのである。ということは、私は再び前世の……しかも結婚前の自分に再び回帰してしまったことになるのだ。「そんな……どうし……て……?」目から大粒の涙がこぼれ落ちる。もう二度とこの世界には戻りたくはなかったのに。一度この世界で断頭台で処刑されるという不名誉な死を遂げ、新しく生まれ変われた時は本当に嬉しかったのに。 運命の人と出会い……結婚して2人の子供にも恵まれ、とても幸せだったのに……またこんな世界に戻ってしまうなんて…
7時――今朝は朝からどんよりとした雲が空を覆っている。「う〜ん……何だか今日は雨が降りそうねぇ」子供達のお弁当を作りながらテレビのリモコンに手をのばしてスイッチを入れた。すると丁度ニュース番組は天気予報を放送している最中だった。「あら? 偶然ね。どれどれ……今日の天気は……」お弁当箱に出来上がったおかずを詰めながら天気予報に耳を傾けた。『……本日の天気は曇り、午後は雨の予報となっております……』「あら? 午後は雨なのね。だったら傘を持っていくように2人に伝えなくちゃ。それにしても倫も葵もいつまで寝てるつもりかしら? 8時には家を出なければ遅刻になるかも知れないのに」お弁当を詰めて、蓋を閉じると天井を眺めた。恐らく2人とも夜更しをして未だに眠っているのだろう。「全く……毎朝起こしに行く身にもなって欲しいわ」ため息をつくと、すぐに2人の子供達を起こす為に階段を登った。最初起こしに向かったのは長女の葵。「葵! 起きなさい! 遅刻するわよ!」扉を開けながら部屋に入っていくと、床の上には雑誌が散らかっている。「全く……もう19歳なんだから少しは早起きして母さんを手伝ってちょうだいよ!」雑誌を拾い上げ、部屋のカーテンをシャッと開けた。「ちょっとぉ! 着替えも終わっていないのに部屋のカーテン開けないでよ!」ガバッと飛び起きた葵が文句を言ってきた。「何言ってるの。カーテンを開けないといつまでも寝たままでしょ? それより今日は午後から雨が降りそうだから自転車で通学できないわよ。早く起きなさい」「え!? そうなの!? 早く起きなくちゃ!」ベッドから葵が飛び出してきたのを見届けると、次に倫を起こしに行った。「倫! 早く起きなさい! 高校に遅れるわよ!」部屋の扉を無遠慮に開けながら入っていくと布団の中から声が聞こえた。「何だよ! せめてノックぐらいしろよ。勝手に部屋に入ってくるなよ!」「だったら、目覚ましを掛けて起きてきなさい。母さんは忙しいんだから!」カーテンを開け放ち、布団の中の倫に声を掛けるとすぐに階下へ降りていった。**** 私の名前は橋本恵。現在45歳で19歳の娘と17歳の息子を持つパートタイマーの主婦。夫は地方都市に単身赴任中で現在、戸建て住宅に3人暮らし。前世の世界に生きていた頃の自分に比べれば、平凡だけどそ
カァ……カァ…… 血のように赤い夕焼け空に無数のカラスが空を飛び、不気味な鳴き声を響かせている。その空の下。敵意を込めて私を見る大観衆の中を、ロープで引きずられながら歩かされていた。貧しい麻布の服に着替えさせられ、半ば強制的に処刑執行人によって連行されている私の姿を観衆達は面白そうに見つめている。罪状は、公金の横領と『聖なる巫女』の暗殺未遂事件。私は贅を尽くし、国費を潰しただけでなく、夫が寵愛する『聖なる巫女』の命を狙った罪で今から城下町の中央広場で公開処刑されるのだ。素足で歩く地面は質が悪く、時折小石が足裏に突き刺さってくる。その為、地面には私の足から流れでた血が点々と続いている。「う……」私は痛みを堪えてこれから処刑される為に、自らの足で断頭台へと向かわされていた。ズズ……ズズ……地面を引きずるような重い音は私の右足首にはめられた鉄の足かせ。チェーンのその先には丸い鉄球が繋がっている。これは私が逃げ出さないようにする為につけられた重りである。尤も……そんなことをしても今の私には逃げる気力など、とうに無くしているのに。長く美しかった私の自慢のプラチナブロンドの髪は処刑しやすくする為に、冷たい牢屋の中で耳の下でバッサリ乱暴に切られてしまった。あの時から、私の中で生き続けたいという気持ちが髪を失ったと同時に完全に断たれてしまったのかもしれない。「ほら! さっさと歩け!」私を縛り上げているロープをグイッと処刑執行人が引っ張った。「あ!」思わずその勢いで、前のめりに倒れてしまう。ドサッ!両手を縛られ、バランスがうまく取れなかった私は無様にも地面に転んでしまった。転んだはずみで、肘や手首を擦りむいてしまう。途端に広場にドッと観衆達の嘲笑が沸き起こる。「ほら、見ろよ。あの悪女の無様な姿を」「ああそうだ。俺たちはこんなに辛い生活をしているのに……贅沢しやがって」「早く死んでしまえばいいのに」等々……辛辣な言葉を浴びせてくるも、私は黙ってその言葉を受け入れる。何故なら彼らが私を憎むのは当然だから。けれど……私はそれほどまでに贅沢をしただろうか?『聖なる巫女』の命を狙ったと言われているけれども……夫に近づくなと脅しの手紙を何通か届けさせたことが罪に問われるのだろうか?お茶のマナーを知らない彼女をお茶会に招き、恥をか